れから彼とが並んで立っていた。彼も皆も今別れれば何日《いつ》また会えるか解らなかった。
 汽車が動き出した。
 「バーゆうちゃん、バーア、行って来るえ。バーア。」
 彼の母は孫の顔ばかりを見ていた。彼はもう母が自分の方を向くか向くかと待っていた。
 おりかは片肩を歪めて幸子を前へ突き出すようにしたが、幸子は口を開いて汽車の動くのを眺めていた。
 「バーア、ゆうちゃんゆうちゃん、バーア、行って来るえ、バーア。」
 遂々《とうとう》母は彼の方を一度も見なかった。汽車が見えなくなると、彼は姉夫婦から離れて前《さき》に急いで改札口から外へ出た。子よりも孫の方が可愛いらしい、そう思うと、その日一日彼は塞《ふさ》いでいた。

     十一

 休暇が終ると彼は上京した。その前日去年生れた赤子の種痘《しゅとう》を近日するという印刷物が姉の家へも配られた。久吉とおりかは別に掛り医の所でさそうといっていたが、彼はそれさえも出来ることならさせたくなかった。何となく姪が汚なくなるような気がしたからだ。
 二週間ほどして、姉から末雄の所へ来た手紙の中に、幸子は種痘してから五日にもなるがまだ熱がひかないので弱っているということが書いてあった。子供に種痘をすれば暫く熱が出ること位彼も知っていたが、それは五日も続くものだろうか、何か他の病気になったのではなかろうかとそんな掛念《けねん》が起って来た。姉の手紙の書き方が彼の想像を限定させないので彼は困った。そして、直ぐ容子《ようす》を訊き返した手紙の中に是非返事を直ぐ呉《く》れるようにと書いて出した。が、返事は四日たっても来なかった。彼は外から帰って来る度《たび》に手紙が来ていないかと女中に訊いた。外へ出ている時にも、返事がもう来ているだろうと思うと急に下宿へ引き返した。が、返事は一週間たっても来なかった。彼は腹を立てて、
 「どうにでもなれ。」という気を出そうと強《し》いてつとめてみた。が、絶えず何かに脅《おびや》かされているような気持ちでまた一週間待った。その夜姉から手紙が来た。それは所々|塗抹《ぬりつぶ》された粗雑な文字で、
 「幸子は種痘から丹毒《たんどく》になりましたが、漸く片腕一本で生命が助かりました。」
 とただそれだけが書いてあった。
 彼は片腕を切断された幸子が、壊れた玩具のように畳の上でごろごろ転っている容子《ようす》を頭に浮
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