黒い菌のように転がっている所が浮んで来る。恐らくその無数の腐りかかった肺臓は、低い街々の陽《ひ》のあたらぬ屋根裏や塵埃溜《ごみため》や、それともまたは、歯車の噛《か》み合《あ》う機械や飲食店の積み重なった器物の中へ、胞子を無数に撒《ま》きながら、この丘の花園の中へ寄り集って来たものに相違ない。しかし、これらの憐れにも死に逝《ゆ》く肺臓の穴を防ぎとめ、再び生き生きと活動させて巷《ちまた》の中へ送り出すここの花園の院長は、もとは、彼の助けているその無数の腐りかかった肺臓のように、死を宣告された腐った肺臓を持っていた。一の傷ついた肺臓が、自身の回復した喜びとして、その回復期の続く限り、無数の傷ついた肺臓を助けて行く。これが、この花園の中で呼吸している肺臓の特種な運動の体系であった。
五
ここの花園の中では、新鮮な空気と日光と愛と豊富な食物と安眠とが最も必要とされていた。ここでは夜と雲とが現われない限り、病舎に影を投げかけるものは屋根だけだった。食物は海と山との調味豊かな品々が時に従って華やかな色彩で食慾を増進させた。空気は晴れ渡った空と海と山との三色の緑の色素の中から湧《
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