ために、そっと百合の花束を匂い袋のように沈めておいて戻って来た。
九
山の上では、また或る日|拗《しつこ》く麦藁《むぎわら》を焚《た》き始めた。彼は暇をみて病室を出るとその火元の畠の方へいってみた。すると、青草の中で、鎌《かま》を研《と》いでいた若者が彼を仰いだ。
「その火は、いつまで焚くんです?」と彼は訊《き》いた。
「これだけだ。」と若者はいいながら火のついた麦藁を鎌で示した。
「その火は焚かなくちゃ、いけないものですか。」
若者は黙って一握りの青草に刃《は》をあてた。
「僕の家内は、この煙りのために、殺されるんです。焚かないですませるものなら、やめてくれ給え。」
彼は若者の答えを待たずに、裏山から漁場の方へ降りていった。扁平《へんぺい》な漁場では、銅色《あかがねいろ》の壮烈な太股《ふとまた》が、林のように並んでいた。彼らは折からの鰹《かつお》が着くと飛沫《ひまつ》を上げて海の中へ馳《か》け込《こ》んだ。子供たちは砂浜で、ぶるぶる慄《ふる》える海月《くらげ》を攫《つか》んで投げつけ合った。舟から樽が、太股が、鮪《まぐろ》と鯛《たい》と鰹が海の色に輝きながら溌
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