二
その日は刺繍《ししゅう》の先生の市《まち》から村へ廻って来るのが遅れていた。
米の母は、六年前にアメリカヘ行った良人《おっと》から病気という報《しら》せを受けとって以来半年余り送金が絶えているにもかかわらず、まだ刺繍を習っているということについて、親戚側からとやかくいわれた。しかし彼女は、少々の金を費《ついや》してもこれさえ覚えておけばまさかの時に役立つといって習い続けた。
刺繍の先生は遠い市から月に一回|欠《かか》さず村へ廻って来た。米の村では母だけが刺繍を習っていた。これを習う最初にあたって先ず、何処《どこ》でも、その習う期間は先生を自分の家に宿泊させる約束をしなければならなかった。米の家でもその約束を守っていた。初めのほどは、十五になった米の姉と母とが習っていた。しかし、父から送金が絶えると共に母は娘を看護婦の見習生《みならいせい》として市へやって自分独り習い続けることにした。
米はその時から自分の家が非常に貧しくなったのだと知った。しかし、何処が前よりも貧しくなったのかは分らなかった。また、ただ、姉が彼と一緒の家にいないという事以外に生活の様子は前とは少しも変
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