火
横光利一
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)雌《めす》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)三、四|間《けん》後を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)浅くいけ[#「いけ」に傍点]た。
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一
初秋の夜で、雌《めす》のスイトが縁側《えんがわ》の敷居《しきい》の溝の中でゆるく触角を動かしていた。針仕事をしている母の前で長火鉢《ながひばち》にもたれている子は頭をだんだんと垂れた。鉄壜《てつびん》の手に触れかかると半分眼を開けて急いで頭を上げた。
「もうお寝。」
母は縫目《ぬいめ》をくけながら子を見てそういった。子は黙って眼を大きく開けると再び鉄壜の蓋《ふた》の取手《とって》を指で廻し始めた。母はまたいった。
「明日また遅れると先生に叱られるえ。」
子はやはり黙っていた。そして長らくして、
「眠《ねむ》たいわア。」といった。
「そうやでお眠《ねむり》っていうのやないの。」
「いやや。」
「お可《か》しい子やな、早《は》ようお眠んかいな。」
子は立上って母の肩の上へ負われる
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