民の病いを植えつけてやるであろう。
ルイザはナポレオンに引き摺《ず》られてよろめいた。二人の争いは、トルコの香料の匂《にお》いを馥郁《ふくいく》と撒《ま》き散らしながら、寝台の方へ近づいて行った。緞帳が閉《し》められた。ペルシャの鹿の模様は暫く緞帳の襞の上で、中から突き上げられる度毎《たびごと》に脹れ上って揺れていた。
「陛下、お気をお鎮めなさりませ。私はジョセフィヌさまへお告げ申すでございましょう」
緞帳の間から逞《たくま》しい一本の手が延びると、床の上にはみ出ていた枕を中へ引き摺り込んだ。
「陛下、今宵は静にお休みなされませ。陛下はお狂いなされたのでございます」
ペルシャの鹿の模様は鎮まった。彫刻の裸像はひとり円柱の傍で光った床の上の自身の姿を見詰めていた。すると、突然、緋《ひ》の緞帳の裾から、桃色のルイザが、吹きつけた花のように転がり出した。裳裾《もすそ》が宙空で花開いた。緞帳は鎮まった。ルイザは引き裂かれた寝衣《ねまき》の切れ口から露《あら》わな肩を出して倒れていた。彼女は暫く床の上から起き上ろうとしなかった。掻き乱された彼女の金髪は、波打ったまま大理石の床の上へ投げ出さ
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