》の脱《はず》さなかった胴巻が蹴られたように垂れ落ちて縮んでいた。絹の敷布は寝台の上から掻き落されて開いた緞帳の口から湿った枕と一緒にはみ出ていた。
 ナポレオンは寝台に腰を降ろすとルイザの脹《ふく》らかな腰に手をかけた。だが、彼は今ハプスブルグの娘に、自分の腹をかくし通した苦痛な時間が腹立たしくなって来た。彼は腹部の醜い病態をルイザの眼前にさらしたかった。その高貴をもって全ヨーロッパに鳴り響いたハプスブルグの女の頭上へ、彼は平民の病いを堂々と押しつけてやりたい衝動を感じ出した。――余は一平民の息子である。余はフランスを征服した。余は伊太利を征服した。余は西班牙とプロシャとオーストリアを征服した。余はロシアを蹂躙するであろう。余はイギリスと東洋を蹂躙する。見よ、ハプスブルグの娘――。
 ナポレオンはひき剥《は》ぐように、寝衣の両襟をかき拡げた。
 ルイザの視線はナポレオンの腹部に落ちた。ナポレオンの腹は、猛鳥の刺繍の中で、毛を落した犬のように汁を浮べて爛《ただ》れていた。
「ルイザ、余と眠れ」
 だが、ルイザはナポレオンの権威に圧迫されていたと同様に、彼の腹の、その刺繍のような毒毒しい
前へ 次へ
全21ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング