として、皇帝ナポレオン・ボナパルトが射られた獣のように倒れている姿を眺《なが》めていた。
「陛下、いかがなさいました」
 ボナパルトは自分の傍に蹲《しゃが》み込む妃の体温を身に感じた。
「ルイザお前は何しに来た?」
「陛下のお部屋から、激しい呻《うめ》きが聞えました」
 ルイザはナポレオンの両脇に手をかけて起そうとした。ナポレオンは周章《あわ》てて拡った寝衣の襟《えり》をかき合せると起き上った。
「陛下、いかがなされたのでございます」
「余は恐ろしい夢を見た」
「マルメーゾンのジョゼフィヌさまのお夢でございましょう」
「いや、余はモローの奴が生き返った夢を見た」
 と、ナポレオンは云いながら、執拗《しつよう》な痒《かゆ》さのためにまた全身を慄《ふる》わせた。
「陛下、お寒いのでございますか」
「余は胸が痛むのだ」
「侍医をお呼びいたしましょうか」
「いや、余は暫くお前と一緒に眠れば良い」
 ナポレオンはルイザの肩に手をかけた。ルイザはナポレオンの腕から戦慄《せんりつ》を噛《か》み殺した力強い痙攣《けいれん》を感じながら、二つの鐶のひきち切れた緞帳の方へ近寄った。そこには常に良人《おっと
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