に悲しめられた名残りの悲しみであるのか、それとも被告自身の秘めた行為を意識しての悲しみであるのか明瞭に見極めることが出来なかつた。そして、最早や判事は自分の疑ひを確証するいかなる方法をも案出することが出来なくなると、やむなくその日の審問はそれで終らなければならなかつた。

 その夜判事は床へ這入るとまたその日の審問を思ひ廻らした。――事実、被告は酔漢を突き飛ばしたものであらうか、それとも酔漢の死は被告の云つたやうに偶然の死であつたか――それにしても被告は自身に危険な言葉に対して、何ぜあれほども敏感であり得たか。それにも拘らず何ぜあれほど白々しく先手を打つて出て来たか。この二つの反した態度を審問に応じて巧みに変化さし得た被告を思ふと、判事の疑ひは又深まりかけた。しかし、一方は落されまいとし、一方は落さうと努めなければならない場合が場合であるだけに、それを感じた以上守らうとすることに専念する被告の気持ちはいづれ正当なものにちがひなかつた。所詮判事は昼の迷ひを迷ひ続ける以外に何の得る所もなくなつた。しかし、それかと云つて一度は判決を下さなければならない以上そのままに捨てて置くわけにもいかなかつた。これは判事を苦しめた。が、ここまで来れば、判事として最も正しい判決を下す方法は、逆に自分自身の心理に向つて審問してみることであると気がついた。一体何故に自分は自分の疑ひを疑ひとして持ち始めたか。何故に自分はその疑ひを疑ひとして深めてゆくことに努めたか。何故に自分は自分の疑ひの正当である可きことを確信したか。と、さう彼は考へ始めたとき、彼は自分が近年ひどく疑ひ深くなつて来てゐることを発見した。それには永年の判事生活から来る習慣が手伝つてゐることは勿論であるとしても、しかし、ただそれだけではなく自分の洞察力に対する深い自信と、それになほ油をかける神経衰弱とが原因してゐた。此の外にまだ大きな原因が一つあつた。それは彼が前に現下の最も人心の帰趨に多く関係を持つ思想と犯罪との接触点を検点しようとして、社会主義思想の書物を選んだとき、彼の手に入つたものは「マルクスの思想と評伝」と云ふ書物であつた。これを見ると、彼は世界の人心が目下の所資産家階級を撲滅しようとしてゐる無資産階級の団流と、それに対抗して無産家階級の力を圧殺しようとしてゐる資産家階級の団流とのこの二つの階級が、絶えず争つてゐるのを
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