松巣林子《ちかまつそうりんし》であって、近松は実に馬琴と駢《なら》んで日本の最大者である。が、近松の作の人物が洽《あまね》く知られているは舞台に上《のぼ》せられて知られたので、その作が洽く読まれているからではない。『八犬伝』はこれに反してその作が洽く読まれて誰にも知られているから、浄瑠璃ともなれば芝居ともなったのである。恐らく古今を通じてかくの如く広く読まれ、かくの如く洽く伝唱されてるのは比類なかろう。
 したがって『八犬伝』の人物は全く作者の空想の産物で、歴史上または伝説上の名、あるいは街談|口説《くぜつ》の舌頭《ぜっとう》に上《のぼ》って伝播された名でないのにかかわらず児童走卒にさえ諳んぜられている。かくの如きは余り多くない例で、八犬士その他の登場人物の名は歴史にあらざる歴史を作って人名字書中の最大の名よりもヨリ以上に何人にも知られておる。橋本蓉塘翁がかつてこの人物を咏題として作った七律二十四篇は、あたかも『八犬伝』の人物解題となっておる。抄して以て名篇を結ぶのシノプシスとする。
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雨窓|無聊《ぶりよう》、たまたま内子《ないし》『
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