屋の理窟屋の腹の虫が承知しないのだ。一体馬琴の女房のお百というがなかなかの難物らしかったが、その上に主翁の馬琴が偏屈人の小言幸兵衛《こごとこうべえ》と来ては女中の尻の据わらなかったのも無理はない。馬琴の家庭は日記の上では一年中低気圧に脅かされ通しで、春風|駘蕩《たいとう》というような長閑《のどか》なユックリとした日は一日もなかったようだ。老妻お百と※[#「女+息」、第4水準2−5−70]《よめ》のお道との三角葛藤はしばしば問題となるが、馬琴に後暗い弱点がなくとも一家の主人が些細な家事にまでアア七《しち》むずかしい理窟をこねるようでは家が悶《も》める。馬琴はただに他人ばかりでなく家族にさえも余り喜ばれなかった苛細冷酷な偏屈者であった。
一言すれば理窟ばかりで、面白味も温味《あたたかみ》もない冷たい重苦しい感じのする人物だった。世辞も愛嬌もないブッキラ棒な無愛想な男だった。崇拝者も相応に多くて、遥々遠方から会いに来る人もあったが、木で鼻を括《くく》ったような態度で面白くもない講釈を聞かされ、まかり間違えば叱言《こごと》を喰ったり揚足を取られたりするから一度で懲り懲りしてしまう。アレだけ綿
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