チとトロ火で油煎《あぶらいり》されるように痛めつけられたら精も根も竭《つ》きて節々《ふしぶし》までグタグタになってしまうと、恐れを成さずにはいられまい。馬琴がアレだけの学問技能を抱いて、アレだけの大仕事をして、アレだけの愛読者、崇拝者を持ちながら近づくものが少なくて孤立したのはあの気難かし屋からである。馬琴の剛愎高慢は名代《なだい》のもので、同時代のものは皆人もなげなる態度に腹を立ったものだそうだが、剛愎高慢は威張らして置けば済むからかえって御《ぎょ》し易《やす》いが、些細な問題にいちいち角を立ててその上にイツマデも根に葉に持っていられたり、あるいは意地悪婆さんの嫁いびりのように、ネチネチ、チクチクとやられてはとても助からない。和田君の校訂本を読んだものは誰も直ぐ気が付くが、馬琴の家の下婢の出代りの頻繁なのは殆んど応接に遑《いとま》あらずだ。その度毎に給金の前渡しや貸越が必ず附帯する。それんばかしの金をくれてしまったらと思うが、馬琴は寸毫も仮借しない。いちいち請人を呼びつけて厳重に談じつける。鄙吝《ひりん》でもあったろうが、鄙吝よりは下女風情に甘く嘗《な》められてはという難《むず》かし
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