ら、眉に唾をつけながらも考えさせられる。
 鉄砲は暫らくお預けとして、長禄というと太田道灌《おおたどうかん》が江戸城を築いた年である。『八犬伝』には道灌は影になってるが、道灌の子の助友は度々顔を出してる。江戸は『八犬伝』の中心舞台で、信乃《しの》が生れ額蔵《がくぞう》が育った大塚《おおつか》を外にしても神田《かんだ》とか湯嶋《ゆしま》とか本郷《ほんごう》とかいう地名は出るが「江戸」という地名は見えない。江戸城を匂わせるような城も見えない。両管領との大戦争に里見方は石浜、五十子《いさらこ》、忍岡《しのぶがおか》、大塚の四城を落しているが、その地理的位置が江戸城を懐《おも》わせるようなのはない。もっとも江戸城なぞは有っても無くても『八犬伝』の本筋には少しも関係しないが、考証好きの馬琴が代る代るに犬士をこの地方に遍歴《へめぐ》らさして置いて江戸城を見落さしたのを不思議に思う。
 前にもいったが、『八犬伝』の中心舞台は安房よりも江戸であって、事件が多くは江戸あるいは江戸人に親しみのある近国で発展したのが少なくも中央|都人士《とじんし》の興味を湧かさした原因の一つである。殊に一番人気のある信乃を
前へ 次へ
全55ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
内田 魯庵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング