然たる戦車の上に六人の銃手が銃口を揃えてるのは凄《すさ》まじい。天下の管領の軍隊だから葡萄牙《ポルトガル》人よりも先に何百挺何千挺の鉄砲を輸入しても妨げないが、野武士や追剥までが鉄砲をポンポン撃つのは余り無鉄砲過ぎる。網苧の山里の立場《たてば》茶屋に猪嚇《ししおど》しの鉄砲が用意してあるほどなら、道節も宝刀を捻《ひね》くり廻して居合抜《いあいぬき》の口上のような駄弁を弄《ろう》して定正に近づこうとするよりもズドンと一発ブッ放した方が余程早手廻しだったろう。
 こういうと偏痴気論になる。小説だもの、鱶七《ふかしち》が弁慶の長上下《ながかみしも》で貧乏徳利をブラ下げて入鹿御殿に管《くだ》を巻こうと、芝居や小説にいちいち歴史を持出すのは余程な大白痴《おおばか》で、『八犬伝』の鉄砲もまた問題にならない。が、ウソらしいウソは問題にならないが、ホントウらしく聞えるウソは小説だと思っても欺されるから問題になる。弁慶の七つ道具の中にピストルがあったといっても誰も問題にしないが、長禄に安房の田舎武士が鉄砲を持っていたというと、ちょっと首を傾《かし》げさせる。いわんや説話者が博覧の穿鑿好きたる馬琴であるか
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