た。其中には銀細工やニッケル細工の小《こま》かい精巧なものが倒れたり破れたりして狼籍[#ママ]し、切子の美しい香水瓶が憐れに破われて煙臭い塵臭い中に床しいホワイトローズの香気を漾《ただよ》わしていた。銀の把柄《にぎり》の附いたステッキが薪のように一束となって其傍に投《ほう》り出されていた。
一方の片隅には肩掛や膝掛が焼焦だらけ水だらけになって一と山積んであった。中には自働車や馬車に乗る貴夫人の肩や膝に纏わるべき美しい織物もあった。
山高や中折や鳥打やフッドの何れも歪んだり潰れたり焦げたり水を被ったりしたのが一ト山積んであった。新流行のオリーブの中折の半分鍔を焼かれた上に泥塗れになってるのが転がっていた。滅茶々々に圧潰されたシルクハットが一段と悲惨《みじめ》さを添えていた。
其傍の鉋屑の中に、行末は誰が家の令嬢貴夫人の襟を飾ったかも知れない駝鳥ボアが水にショボ湿れてピシャ/\になっていたのが老いすがれた美人の衰えを見るように哀れであった。其外にも如何なる貴女紳士の春の粧いを凝らすの料ともなるべき粧飾品や化粧品が焦げたり泥塗れになったり破れたりしてそこらこゝらに狼籍[#ママ]散乱して
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