た。※[#「※」は「けものへん+胃」、第4水準2−80−43、151−1]鼠《はりねずみ》のような頭の□□は益々ガチ/\していたが、ガチ/\は同じ平生《いつも》のガチ/\であっても、其のガチ/\の底に陰気の音が籠っていた。総支配人は平日に無い靴を穿いていた。『△△さんの靴は初めて見た、』と暢気な観察をする小僮《こども》もあった。黒い髯で通る○○は露助然たる駱駝帽を被って薄荷パイプを横啣《よこぐわ》えの外套の衣兜《かくし》に両手を突込みの不得要領な顔をしていた。白い髯で通る社長老人は眼鏡越しに眼をパチ/\して、『私《わし》の家《とこ》へは店から火事だと電話が掛った。処が中途でプツリと切れたので、直ぐ二十八番を呼出そうとすると、丸善は今焼けてるという交換局の返事だから、そりゃ大変というので……』と、恰も一里も先きに火事があったように悠々閑々と咄していた。
 只《と》見《み》ると、持出された書類函が重なって、中から帳簿が喰出《はみだ》していた。四方が真黒に焦げたカード箱が投出されてる傍には、赤く焼け爛れた金庫が防火の功名《てがら》を誇り顔していた。四隅が焦げたカードやルーズリーフや書類が堆か
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