此頃漸く教育社会の問題になつたが百害あつて一利なきものだ。が、試験は別問題だから差置くが、児童が教課書ばかり読んでゐても役に立たぬ。教課書以外の書物を読まなければ駄目だ。同じ学校の課目でも、教課書だけの知識では足らない。其課目に関する参考書を広く読めば読むほど利益がある。処が教師は余り参考書を読まれると、較やもすれば切込まれる。自分達の頭脳の分量を測度される恐れがある。そこで教課書以外の参考書を読むのを厳ましく云ふ。且学校、試験の問題といふ奴が得て細かい小部分の事項――書物さへ読めば直ぐ解るやうな小さな問題を出すゆゑ、大体に通じてゐたゞけでは失敗する。勢ひ教課書を機械的に暗誦しなければならんので、実際は広く参考書を読んで大体に通ずるが学問を活かせる所以であるに係らず、部分々々の暗誦をする必要上教課書に噛り付かねばならぬから、今日の学校教育では教課書ばかりを後生大事に読んでれば足りるわけだが、夫れでは学問が死んで了ふ。日本の学生が欧米の学校へ行くと必ず欧米人より成績が能いが、卒業すると忽ち欧米人に負けて了ふのは、唯一生懸命教課書大明神と崇める習慣があるから学校の成績が宜いので、卒業後の結果が余り宜しく無いのは体力其他種々の原因があろうが、第一には読書の習慣が無いから青年の知識慾が忽ち萎靡して頭脳が鈍つて了ふのだ。教課書や教師のレクチユアルばかりに噛り付いて参考書を読まぬやうな学生は駄目だ。学校の成績が能くても学校を出てからは駄目になつて了ふ。
 処で此読書の習慣は一朝一夕に作れるものでは無い、書物を読むと頭痛がするの肩が張るのといふ人間にイクラ読書を勧めた処で読書するものでは無い。どうしても児童の時から、早くから読書する習慣を作らねばならぬ。先づ此読書に対する家庭の考から一変して掛らねばならぬのだ。児童が、お伽ばなしばかり読んでると心配するやうな事ではイカン、知識慾の盛んなる児童が学校の教師に授けられた知識だけに満足するやうな事ではならぬ。児童が書物が好きなのは此上も無い結構な咄、ドシ/\読ませるが好い。勿論、偶には悪い事もあるが、総て害があるのを恐れてゐては何もさせられぬ。怪我をしてはならぬ、イタヅラをしてはならぬと、一々心配してゐたら手足を縛つて真綿にでもくるんで置かなければなるまい。頭の柔かな児童は始終踏み違ひをしないやうに導いてやらねばならぬから、書物を当てが
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