めの世《よ》の中《なか》ぞかし。
斯《かゝ》る中《なか》にも社会《しやくわい》に大勢力《だいせいりよく》を有《いう》する文学者《ぶんがくしや》どのは平気《へいき》の平三《へいざ》で行詰《ゆきづま》りし世《よ》を屁《へ》とも思《おも》はず。春《はる》うら/\蝶《てふ》と共《とも》に遊《あそ》ぶや花《はな》の芳野山《よしのやま》に玉《たま》の巵《さかづき》を飛《と》ばし、秋《あき》は月《つき》てら/\と漂《たゞよ》へる潮《うしほ》を観《み》て絵島《ゑのしま》の松《まつ》に猿《さる》なきを怨《うら》み、厳冬《げんとう》には炬燵《こたつ》を奢《おごり》の高櫓《たかやぐら》と閉籠《とぢこも》り、盛夏《せいか》には蚊帳《かや》を栄耀《えいえう》の陣小屋《ぢんごや》として、米《こめ》は俵《たはら》より涌《わ》き銭《ぜに》は蟇口《がまぐち》より出《いづ》る結構《けつこう》な世《よ》の中《なか》に何《なに》が不足《ふそく》で行倒《ゆきだふ》れの茶番《ちやばん》狂言《きやうげん》する事かとノンキ[#「ノンキ」に傍点]に太平楽《たいへいらく》云ふて、自作《じさく》の小説《せうせつ》が何十遍《なんじつぺん》摺《ずり》とかの色表紙《いろべうし》を付《つ》けて売出《うりだ》され、二号《にがう》活字《くわつじ》の広告《くわうこく》で披露《ひろう》さるゝ外《ほか》は何《なん》の慾《よく》もなき気楽《きらく》三|昧《まい》、あツたら老先《おひさき》の長《なが》い青年《せいねん》男女《なんによ》を堕落《だらく》せしむる事は露《つゆ》思《おも》はずして筆費《ふでづひ》え紙費《かみづひ》え、高《たか》が大家《たいか》と云はれて見《み》たさに無暗《むやみ》に原稿紙《げんかうし》を書《か》きちらしては屑屋《くづや》に忠義《ちうぎ》を尽《つく》すを手柄《てがら》とは心得《こころえ》るお目出《めで》たき商売《しやうばい》なり。月《つき》雪《ゆき》花《はな》は魯《おろ》か犬《いぬ》が子《こ》を産《う》んだとては一句《いつく》を作《つく》り猫《ねこ》が肴《さかな》を窃《ぬす》んだとては一杯《いつぱい》を飲《の》み何《なに》かにつけて途方《とはう》もなく嬉《うれ》しがる事おかめ[#「おかめ」に傍点]が甘酒《あまざけ》に酔《ゑ》ふと|仝《おな》じ。
斯《か》くの如《ごと》く文学者《ぶんがくしや》は身分《みぶん》不相応《ふさうおう》に勢力《せいりよく》を有《いう》し且つ身分《みぶん》不相応《ふさうおう》にのンき[#「のンき」に傍点]なり。世《よ》に気楽《きらく》なるものは文学者《ぶんがくしや》なり、世《よ》に羨《うらや》ましき者《もの》は文学者《ぶんがくしや》なり、接待《せつたい》の酒《さけ》を飲《の》まぬ者も文学者《ぶんがくしや》たらん事を欲《ほつ》し、落《お》ちたるを拾《ひろ》はぬ者も文学者《ぶんがくしや》たるを願《ねが》ふべし。
然《しか》るに世《よ》にすね[#「すね」に傍点]たる阿呆《あはう》は痛《いた》く文学者《ぶんがくしや》を斥罵《せきば》すれども是れ中々《なか/\》に識見《しきけん》の狭陋《けふろう》を現示《げんじ》せし世迷言《よまいごと》たるに過《す》ぎず。冷静《れいせい》なる社会的《しやくわいてき》の眼《め》を以《もつ》て見《み》れば、等《ひと》しく之れ土居《どきよ》して土食《どしよく》する一ツ穴《あな》の蚯蚓《みゝず》※[#「虫+鰌のつくり」、第4水準2−87−64]※[#「虫+齊」、第3水準1−91−69]《おけら》の徒《ともがら》なれば何《いづ》れを高《たか》しとし何《いづ》れを低《ひく》しとなさん。濁醪《どぶろく》を引掛《ひつか》ける者が大福《だいふく》を頬張《ほゝば》る者を笑《わら》ひ売色《ばいしよく》に現《うつゝ》を抜《ぬ》かす者が女房《にようばう》にデレ[#「デレ」に傍点]る鼻垂《はなたらし》を嘲《あざけ》る、之れ皆|他《ひと》の鼻《はな》の穴《あな》の広《ひろ》きを知《しつ》て我《わ》が尻《しり》の穴《あな》の窄《せま》きを悟《さと》らざる烏滸《をこ》の白者《しれもの》といふべし。窮理《きゆうり》決《けつ》して迂《う》なるにあらず実践《じつせん》何《なん》ぞ浅《あさ》しと云はんや。魚肴《さかな》は生臭《なまぐさ》きが故《ゆゑ》に廉《やす》からず蔬菜《やさい》は土臭《つちくさ》しといへども尊《たふ》とし。馬《むま》に角《つの》なく鹿《しか》に※[#「馬+※[#柳の正字、第4水準2−14−72]のつくり」、219−16]《たてがみ》なく犬《いぬ》は※[#「口+若」、219−16]《にやん》と啼《な》いてじやれ[#「じやれ」に傍点]ず猫《ねこ》はワン[#「ワン」に傍点]と吠《ほ》えて夜《よ》を守《まも》らず、然《しか》れども自《おのづか》ら馬《むま》なり鹿
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