へば、社会問題《しやくわいもんだい》に耳《みゝ》傾《かたむ》くる人いかで此|一町内《いつちやうない》百「ダース」の文学者《ぶんがくしや》を等閑《なほざり》にするを得《う》べき。若し惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》を駆《かつ》て兵役《へいえき》に従事《じゆうじ》せしめば常備軍《じやうびぐん》は頓《にはか》に三倍《さんばい》して強兵《きやうへい》の実《じつ》忽《たちま》ち挙《あ》がるべく、惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》に支払《しはら》ふ原稿料《げんかうれう》を算《つも》れば一万|噸《とん》の甲鉄艦《かふてつかん》何艘《なんざう》かを造《つく》るに当《あた》るべく、惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》が消費《せうひ》する筆墨料《ひつぼくれう》を徴収《ちようしう》すれば慈善《じぜん》病院《びやうゐん》三ツ四ツを設《つく》る事|決《けつ》して難《かた》きにあらず、惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》が喰潰《くひつぶ》す米《こめ》と肉《にく》を蓄積《ちくせき》すれば百度《ひやくたび》饑饉《ききん》来《きた》るとも更《さら》に恐《おそ》るゝに足《た》らざるべく、若《も》し又|惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》を一時《いちじ》に殺戮《さつりく》すれば其|死屍《しゝ》は以て日本海《につぽんかい》を埋《うづ》むべく其|血《ち》は以て太平洋《たいへいよう》を変色《へんしよく》せしむべし。
文学者《ぶんがくしや》は一の社会問題《しやくわいもんだい》なり、貧民《ひんみん》が、僧侶《ばうず》が、娼妓《しやうぎ》が社会問題《しやくわいもんだい》となれる如く。
熟々《つら/\》考《かんが》ふるに天《てん》に鳶《とんび》ありて油揚《あぶらげ》をさらひ地《ち》に土鼠《もぐらもち》ありて蚯蚓《みゝず》を喰《くら》ふ目出度《めでた》き中《なか》に人間《にんげん》は一日《いちにち》あくせくと働《はたら》きて喰《く》ひかぬるが今日《けふ》此頃《このごろ》の世智辛《せちがら》き生涯《しやうがい》なり。学校《がつこう》の卒業《そつげふ》証書《しようしよ》が二|枚《まい》や三|枚《まい》有《あ》つたとて鼻《はな》を拭《ふ》く足《たし》にもならねば高《たか》が壁《かべ》の腰張《こしばり》か屏風《びやうぶ》の下張《したばり》が関《せき》の山《やま》にて、偶々《たま/\》荷厄介《にやつかい》にして箪笥《たんす》に蔵《しま》へば縦令《たと》へば虫《むし》に喰《く》はるゝとも喰《く》ふ種《たね》には少《すこ》しもならず。学士《がくし》ですの何《なん》のと云ツた処《ところ》で味噌摺《みそすり》の法《はふ》を知《し》らずお辞義《じぎ》の礼式《れいしき》に熟《じゆく》せざれば何処《どこ》へ行《いつ》ても敬《けい》して遠《とほ》ざけらる※[#二の字点、1−2−22]が結局《おち》にて未《ま》だしも敬《けい》さるゝだけを得《とく》にして責《せ》めてもの大出来《おほでき》といふべし。ミルトン[#「ミルトン」に傍線]の詩《し》を高《たか》らかに吟《ぎん》じた処《ところ》で饑渇《きかつ》は中《なか》々に医《い》しがたくカント[#「カント」に傍線]の哲学《てつがく》に思《おもひ》を潜《ひそ》めたとて厳冬《げんとう》単衣《たんい》終《つひ》に凌《しの》ぎがたし。学問《がくもん》智識《ちしき》は富士《ふじ》の山《やま》ほど有《あ》ツても麺包屋《ぱんや》が眼《め》には唖銭《びた》一文《いちもん》の価値《ねうち》もなければ取ツけヱべヱ[#「取ツけヱべヱ」に傍点]は中々《なか/\》以《もつ》ての外《ほか》なり。トヾ[#「トヾ」に傍点]の結局《つまり》が博物館《はくぶつくわん》に乾物《ひもの》の標本《へうほん》を残《のこ》すか左《さ》なくば路頭《ろとう》の犬《いぬ》の腹《はら》を肥《こや》すが世《よ》に学者《がくしや》としての功名《こうみやう》手柄《てがら》なりと愚痴《ぐち》を覆《こぼ》す似而非《えせ》ナツシユ[#「ナツシユ」に傍線]は勿論《もちろん》白痴《こけ》のドン[#「ドン」に傍点]詰《づま》りなれど、さるにても笑止《せうし》なるは世《よ》の是《これ》沙汰《さた》、飯粒《めしつぶ》に釣《つ》らるゝ鮒男《ふなをとこ》がヤレ才子《さいし》ぢや怜悧者《りこうもの》ぢやと褒《ほ》めそやされ、偶《たま》さか活《い》きた精神《せいしん》を有《も》つ者《もの》あれば却《かへつ》て木偶《でく》のあしらひせらるゝ事|沙汰《さた》の限《かぎ》りなり。騙詐《かたり》が世渡《よわた》り上手《じやうず》で正直《しやうぢき》が無気力漢《いくぢなし》、無法《むはう》が活溌《くわつぱつ》で謹直《きんちよく》が愚図《ぐづ》、泥亀《すつぽん》は天《てん》に舞《ま》ひ鳶《とんび》は淵《ふち》に躍《をど》る、さりとは不思議《ふしぎ》づく
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