それから「僕はあとがタッタ百三日だ。わけはない」「乃公は今日がちょうど絶頂だ、明日から下り坂だ。タワイない」「君はモウ一週間で出るのだな」などと、たいがい毎日刑期の勘定がある。
 夕飯後にまた点検があって、安坐鈴が鳴る。薄暗い電灯がとぼる。それから二時間ばかりまた退屈すると、八時になって就寝鈴が鳴る。そら来た!と大騒ぎで柏餅がゴロゴロと並ぶことになる。これがまあザット一日の生活だ。ある夜、夜中に目がさめて左のごとき寝言ができた。
  隣室の鼾に和して蛙鳴く
  紫の桐花の下や朱衣の人
  桐の花囚人看守曽て見ず
  行く春を牢の窓より惜しみけり
  永き日を「御看守様」の立尽す
  正坐しても安坐しても日の長き哉
  永き日をコソコソ話安坐する
  夕ざれば監房ごとの放屁かな
  正坐して自慢の放屁連発す
  寂しさに看守からかう奴もあり
  看守殿退屈まぎれに叱る也
  「本職」は昨日拝命したばかり
  「本職」という時髯をひねる也
  看守部長とかく岩永になりたがり
  是はまた重忠張りの看守長
  教誨師地獄で仏の格で行き
  教誨師袈裟高帽のおん姿
  教誨師お前さんはと仰せら
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