ァ。」「そしてチョイとビールの一本も出て来るとなァ。」「そして林檎かビスケットでもあるとなァ」「そしてお一つ召しあがれなとか何とかいって美しいのが一人も現われて来りゃ申し分なしだろう。」「ハハハハハ、どこまで贅沢をいうか知れたものじゃない。」
 こんな馬鹿なことをいっているうちに昼飯になる。昼の菜の当てッこをしたり、昼の菜の一覧表をつくったり、そんなことも消閑の一策になっている。昼飯は十一時で、天気がよければ十一時半から十二時まで運動がある。これは定役のない者、および監房にて役を執る者に限るので、工場に出て役を執る者には許されぬ。
 運動は監の周囲にある桐の木の下だの、小松原の芝の上だのを歩くので、やっぱり厳重なる監督の下に、一列になってグルグルまわるのだが、それでも話のできぬことはなし、おりおりは立止って蟻の戦争など見物することもある。何にせよ運動は一日中の一大愉快で、雨の三日もつづいた揚句は殊にそうだ。
 運動後はまた、馬鹿話やらいねむりやらで夕方になる。「もう何時だろう」「今の看守の交代が四時半だろう」「じゃあモウ三十分で飯だ」などという問答は、たいがい毎日同じように繰返される。
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