繁い。檜や栂《とが》の大木の下にこの木ばかりが下草をなしてゐる所もあつた。花のころはどんなであらうと思はれた。葉も枝もどうだんの木と少しも違はないやうな木で釣鐘躑躅といふのがあつた。花がみな釣鐘の形をなし、それこそ指でさす隙間もないほどぎつちりと咲き群がるのださうである。ふり仰ぐ絶壁の中腹などに僅に深山躑躅の散り殘つてゐるのを見る所もあつた。また、苔清水の滴つている岩の肌にうす紫のこまかな花の咲いてゐるのがあつた。岩千鳥といふのださうでいかにも高山植物に似た可憐な花であつた。鳳來寺百合といふ百合も岩に垂れ下つて咲いてゐた。この百合もこの山獨特のものだと聞いてゐた。
 山の尾根から傳つて歩いてゐると、遠く渥美《あつみ》半島が見えた。またその反對の北の方には果もなく次から次と蜒《うね》り合つた山脈が見えて、やがて雲の間にその末を消してゐる。美濃路信濃路の山となるのであらう。さうした大きな景色を眺めてゐると、我等の坐つた懸崖の眞下の森を啼いて渡る杜鵑《ほととぎす》の聲がをり/\聞えて來た。もう時季が遲いために、この鳥の啼くのはめつきり少なくなつているのださうである。
 私が山に登つてから三日
前へ 次へ
全21ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング