間は少しの雨間もなく降り續いた。しかも並大抵の降りでなく、すさまじい響をたてゝ降る豪雨であつた。で、その間は全くその山を包んだ雨聲の中に身うごきもならぬ氣持で過してゐたのである。雨に連れて雲が深かつた。明けても暮れても眞白な密雲のなかに、殆んど人の聲を聞かず顏を見ずに過してゐた。
十八日の晝すぎから晴れて來た。
『今夜こそ啼きますぞ。』
寺の人が斯う言つて微笑した。最初この寺に登つて來た晩に遠くで啼いたと聞くばかりで、私はまだ樂しんで來た佛法僧を聞くことなしにその日まで過して來たのであつた。この鳥は晴れねば啼かぬのださうだ。
『啼きませうか、啼いて呉れるといゝなア。』
その夕方は飮み過ぎない樣に酒の量をも加減して啼くのを待つた。洋燈がともり、私の癖の永い時間の酒も終つたが、まだ啼かない。庭に出て見ると、久しく見なかつた星が、嶮しい峰の上にちらちら輝いてゐる。墨の樣に深い色をした峽間の森には、例の名も知れぬ鳥が頻りに啼いてゐるのだが、待つてゐるのはなか/\啼かない。
九時頃であつた。半ば諦めた私は床を敷いて寢ようとしながら、フツと耳を立てた。そして急いで廊下の窓のところへ行つた。
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