『隨分遠くにゐますが、段々近づいて來ませう。』
 と言ひながらT――君はやつて來て、同じく耳を澄ましながら、
『ソレ、啼いてませう、あの山に。』
 と、岩山の方を指す。
『ア、啼いてます/\、隨分かすかだけれど――。』
 M――君も言つて立ち上つた。
 まだ私には聞えない。何處を流れてゐるか、森なかの溪川の音ばかりが耳に滿ちてゐる。
 二人とも庭に出た。身體の近くを雲が流れてゐるのが解る。
『啼いてますが、あれでは先生には聞えますまい。』
 と、M――君が氣の毒さうにいふ。彼は私の耳の遠いのを前から知つてゐるのである。
 近づくのを待つことに諦めて部屋に入り、酒を續けた。酒が終ると、醉と勞れとで二人とも直ぐぐつすりと眠つてしまつた。

 M――君はその翌十六日、降りしきる雨を冒して山を下つて行つた。そして私だけ獨りその後二十一日までその寺に滯在してゐた。その間の見聞記を少し書いて見度い。
 鳳來山は元來噴火しかけて中途でやみ、その噴出物が凝固して斯うした怪奇な形の山を成したものださうである。で、土地の岩層や岩質などを研究するとなか/\複雜で面白いといふことである。高さは海拔僅かに二
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