を仰ぐにはこちらも身を頭をうち反らせねばならなかつた。今日の深い色の空の真中に立つこの山にもまた自づと深い光が宿つてゐた。半ばは純白の雪に輝き、なかばは山肌の黒紫《くろむらさき》が沈んだ色に輝いてゐた。而してその山肌には百千の糸巻の糸をほどいて打ち垂らした様に雪がこまかに尾を引いてしづれ落ちてゐるのであつた。
峠を下り、やゝ労れた脚で笛吹川を渡らうとすると運よく乗合馬車に出会つてそれで甲府に入つた。甲府駅から汽車、小淵沢駅下車、改札口を出ようとすると、これは早や、かねて打合せてあつた事ではあるが信州松代在から来た中村柊花君が宿屋の寝衣を着て其処に立つてゐた。
「やア!」
「やア!」
打ち連れて彼の取つてゐた宿いと屋といふに入つた。
親しい友と久し振に、而かも斯うした旅先などで出逢つて飲む酒位ゐうまいものはあるまい。風呂桶の中からそれを楽しんでゐて、サテ相対して盃を取つたのである。飲まぬ先から心は酔うてゐた。
一杯々々が漸く重なりかけてゐた所へ思ひがけぬ来客があつた。この宿に止宿してゐる小学校の先生二人、いま書いて下げた宿帳で我等が事を知り、御高説拝聴と出て来られたのである。
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