分怪しい足どりを強ひて動かしてゐるげに見えた。よく休んだ。或る所では長沢から仕入れて来た四合壜を取り出し、路傍に洋傘をたてかけ、その蔭に坐つて啜り合つた。
恐れてゐた夕闇が野末に見え出した。雨はやんで、深い霧が野末をこめて来た。地図と時計とを見較ベ/\急ぐのであつたが、すべりやすい粘土質の坂路の雨あがりではなか/\思ふ様に歩けなかつた。そのうち、野末から動き出した濃霧はとう/\我等の前後を包んでしまつた。
まだ二里近くも歩かねば板橋の宿には着かぬであらう、それまでには人家とても無いであらうと急いでゐる鼻先へ、意外にも一点の灯影を見出した。怪しんで霧の中を近づいて見るとまさしく一軒の家であつた。ほの赤く灯影に染め出された古障子には飲食店と書いてあつた。何の猶予もなくそれを引きあけて中に入つた。
入つて一杯元気をつけてまた歩き出すつもりであつたのだが、赤々と燃えてゐる囲爐裏の火、竃の火を見てゐると、何とももう歩く元気は無かつた。わたしは折入つて一宿の許しを請うた。囲爐裏で何やらの汁を煮てゐた亭主らしい四十男は、わけもなく我等の願ひを容れて呉れた。
我等のほかにもう一人の先客があつた
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