事なりき我にも事の無かりきと相逢ひて言ふその喜びを
酒のみの我等がいのち露霜の消《け》やすきものを逢はでをられぬ
湖《うみ》べりの宿屋の二階寒けれや見るみずうみの寒きごとくに
隙間洩る木枯の風寒くして酒の匂ひぞ部屋に揺れたつ
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十一月二日。
夜つぴての木枯であつた。たび/\眼が覚めて側を見ると、皆よく眠つてゐた。わたしは端で窓の下、それからずらりと五人の床が並んでゐるのである。その木枯が今朝までも吹き通してゐたのである。そして木の葉ばかりを吹きつける雨戸の音でないと思うて聴いてゐたのであつたが、果して細かな雨まで降つてゐた。
午前中をば膝せり合せて炬燵に噛りついて過した。昼すぎ、風はいよいよひどいが、雨はあがつた。他の四君は茸とりにとて出かけ、わたしは今日どうしても松本まで帰らねばならぬといふ高橋君を送つて湖畔を歩いた。ひどい風であり、ひどい落葉である。別れてゆく友のうしろ姿など忽ち落葉の渦に包まれてしまつた。
茸は不漁であつたらしいが、何処からか彼等は青首の鴨を見附けて来た。山の芋をも提げて来た。善哉々々と今宵も早く戸をしめて円陣を作つた。宵かけてまた時雨、風もいよ/\烈しい。が、室内には七輪にも火鉢にも火がかつかと熾《おこ》つた。
どうした調子のはずみであつたか、我も知らずひとにも解らぬが、ふとした事から我等は一斉に笑ひ出した。甲笑ひ乙応じ、丙丁戊みな一緒になつて笑ひくづれたのである。それが僅かの時間でなく、絶えつ続きつ一時間以上も笑ひ続けたであらう。あまり笑ふので女中が見に来て笑ひこけ、それを叱りに来た内儀までが廊下に突つ伏して笑ひころがるといふ始末であつた。たべた茸の中に笑ひ茸でも混つてゐたのか知れない。
十一月三日。
相も変らぬ凄じい木枯である。宿の二階から見てゐると湖の岸の森から吹きあげた落葉は凄じい渦を作つて忽ちにこの小さな湖を掩ひ、水面をかしくてしまふのである。それに混つて折々樫鳥までが吹き飛ばされて来た。そしてたま/\風が止んだと見ると湖水の面にはいちめんに真新しい黄色の落葉が散らばり浮いてゐるのであつた。落葉は楢が多かつた。
今日は歌を作らうとて皆むつかしい顔をすることになつた。
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木枯の過ぎぬるあとの湖をまひ渡る鳥は樫鳥かあはれ
声ばかり鋭き鳥の樫鳥ののろのろまひて風に吹かるる
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