樫鳥の羽根の下羽の濃むらさき風に吹かれて見えたるあはれ
はるけくも昇りたるかな木枯にうづまきのぼる落葉の渦は
ひと言を誰かいふただち可笑しさのたねとなりゆく今宵のまどゐ
木枯の吹くぞと一人たまたまに耳をたつるも可笑しき今宵
笑ひこけて臍《へそ》の痛むと一人いふわれも痛むと泣きつつぞ言ふ
笑ひ泣く鼻のへこみのふくらみの可笑しいかなやとてみな笑ひ泣く
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十一月四日
今日はわたしは皆に別れて独り千曲川の上流へと歩み入るべき日であつたが、「わが若草の妻し愛《かな》し」とばかり言ひ張つてゐる重田君の宅を布施村に訪うてそのわか草の新妻の君を見る事になつた。
やれとろゝ汁よ鯉こくよとわが若草の君をいたはり励まし作りあげられた御馳走に面々悉く食傷して昨夜の勢ひなくみなおとなしく寝てしまふた。
十一月五日
総勢岩村田に出で、其処で別れる事になつた。たゞ大沢君は細君の里なる中込駅までとてわたくしと同車した。もうその時は夕暮近かつた。
四五日賑かに過したあとの淋しさが、五体から浸み上つて来た。中込駅で降りようとする大沢君を口説き落して汽車の終点馬流駅まで同行する事になつた。
泊つた宿屋が幸か不幸か料理屋兼業であつた。乃ち内芸者の総上げをやり、相共に繰返してうたへる伊那節の唄
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逢うてうれしや別れのつらさ逢うて別れがなけりやよい
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十一月六日
どうも先生一人をお立たせするのは気が揉めていけない、もう一日お伴しませう、と大沢君が憐憫の情を起した。そして共に草鞋を履き、千曲川に沿うて鹿の湯温泉といふまで歩いた。
其処で鯉の味噌焼などを作らせ一杯始めてゐる所へ、裁判官警察山林官聯合といふ一行が押し込んで来た。そして我等二人は普通の部屋から追はれて、台所の上に当る怪しき部屋へ押込まれた。下からは炊事の煙が濛々として襲うて来るのである。
「これア耐らん、まつたくの燻し出しだ」
と言ひながら我等は膳をつきやつてまた草鞋を履いた。
夕闇寒きなかを一里ほど川上に急いで、湯沢の湯といふへ着いた。
十一月七日。
朝、沸し湯のぬるいのに入つてゐると、ごう/\といふ木枯の音である。ガラス戸に吹きつけられ、その破れをくゞつて落葉は湯槽の中まで飛んで来た。そしてとう/\雨まで降り出した。
終日、二人とも、炬燵に
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