た。この啼きかたは非常に迫つて聞える。
 六月二十四日。
 朝、洗面所で顏を洗つてゐると、その横の部屋から一人の泊客、痩せた青年が出て來て私を見てゐるらしかつたが、不意に牧水先生ではないか、と言ふ。君は、と問ひ返すと意外にも前のY――君やK――君たちと同じく我等の創作社々友T――君であつた。この人は入社して何年にもならぬが、歌に異色があり、印象の深い人であつた。同じく昨夜佛法僧聞きに來てゐたのであると。彼は名古屋の八高の生徒である。
 朝食を共にし、一緒に山に登つた。實は昨夜よく聞いたには聞いたが、耳の惡い私には、もう少し近かつたら、の慾が出たのである。そして山の寺に一二泊を頼まうと思ふたのであつた。寺にはこの前の時の知合の僧侶がゐた。
 彼も少なからず驚いて上へ招じて呉れた。そして、朝から酒ばかり飮んで何をする人かあの時はさつぱり解らなんだが、といふ四年前の囘顧談などが出た。あの時は三度々々梅干ばかりさしあげたが、今では寺でも相當の用意がしてある故、どうぞゆつくりして行つて呉れ、と勸められた。實は梅干すらその時は出し惜しまれたのであつた。そして明けても暮れても麩《ふ》ばかりであつた。
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