るから、何卒お頼みすると言ひ置いて私は茶店を出た。雀一羽降りてゐぬ、靜かな淨土院の庭には泉水に水が吹き上げて、その側に石楠木《しやくなぎ》が美しく咲いてゐた。其處を出て釋迦堂、五輪塔と五町三町おきに何か由緒のあるらしい寺から寺をぶら/\と訪ね※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて茶店に歸つて來たが、中學生らしい大勢の客のみで、まだその娘たちは來てゐなかつた。それから私は更にこの比叡の絶頂である四明嶽に登つて行つた。その昔平將門が此處に登つて京都を下瞰しながら例の大野望を懷《いだ》いたと稱せらるる處で、まことに四空蒼茫、丹波路から江州その他へ延びて行つた山脈が限りもなく曇つた空の下に浪を打つて續いて居る。風が寒くて、とても高い處には立つて居られない。少し頂上から降りて、風にねぢけたばら/\の松原に久しい間私は寢ころんでゐた。一羽の鶯が其處らに巣でもあると見えて、遠くへは暫しも行かず、松の葉かげに斷えず囀り續けてゐた。
其處を降りて再び茶店に歸つて行くと私の顏を見た爺さんは、いま娘が來たので早速寺へ問合せにやつた、多分大丈夫と思ふが、兎に角暫く待つてゐて呉れといふ。幸ひ二三本酒壜
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