、立ち止つて眺めて居れば何だか恐ろしい樣な思ひも湧く。
根本中堂から十三丁とかある樣に道標に記された淨土院を訪はうと私は歩いてゐた。淨土院は當山の開祖傳教大師の遺骨を納めた寺で、この大正十年が同大師の一千一百年忌に當るのだ相だ。一時は三千坊とか稱へて山内全部に寺院が建ち並んでゐた相だが、今では寺の數三十ほど、そのうち人の住んでゐるのは僅か十六七だらうといふことである。山の廣さ五里四方と云ひ、到る處杉檜が空を掩うて茂つてゐる。ちやうど通りかかつた徑が峠みた樣になつてゐる處に一軒の小さな茶店があつた。動きやまぬ霧はその古びた軒にも流れてゐて、覗いてみれば小屋の中で一人の老爺が頻りと火を焚いてゐる。その赤い色がいかにも可懷《なつか》しく、ふら/\と私は立ち寄つた。思ひがけぬ時刻の客に老爺は驚いて小屋から出て來た。髮も頬鬚も殆んど白くなつた頑丈な大男で、一口二口話し合つてゐるうちにいかにも人のいい老爺である事を私は感じた。そして言ふともなく昨夜からの愚痴を言つて、何處か爺さんの知つてゐる寺で、五六日泊めて呉れる樣なところはあるまいかと訊いてみた。暫く考へてゐたが、あります、一つ行つて聞いて見
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