が、直ぐまた裏庭から歸つて來て窓ごしにその壜をさし出した。
「燗をして來てあげやうか。」
「いや、これで結構だ。」
彼はそのまま窓に手をかけて立つてゐたが、
「酒好きさうな人やと思うてゐた。」
と言ひながら行つてしまうた。
苦笑しい/\私は手早くその冷たいのを一口飮み下した。二口三口と續けて行くうちに、次第に人心地がついて來た。窓の前の庭も今は全く暗く、遠くの峰に幾らか明るみが殘つてゐるが、麓の湖はもう見えない。筒鳥の聲もいまは斷えた。部屋はまだ闇のままである。なるやうになれ、と投げ出した心の前には却つてこの闇も親しい樣に思ひなされてゐたが、やがて廊下に足音が聞えて薄赤い洋燈を持つて入つて來た。先刻《さつき》の小僧である。思つたより更に小柄で、實に險しい顏をして居る。
翌朝は深い曇りであつた。窓もあけられぬ位ゐ霧がこめて、庭に出てみると雨だか木の雫だか頻りに冷たく顏に當る。
未練が出て今一度老婆に滯在のことを頼んでみたが生返事で一向|埓《らち》があかず、幾らか包んでやれば必ず效能があつたのだと、あとで合點が行つたが最初氣がつかなかつた。ことに朝飯の知らせに來た例の小僧が、滯在
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