いて、そして鬢《びん》をかき上ぐる。平常は何處やらに凜とした所のある娘だが、今はその締りもすつかり脱《と》れて、何とやら身躰がゆつたりとして見ゆる。そして自然口數も多くなつて、立續けにいろ/\の事を私に訊ぬる。いろ/\の事といつても殆ど東京のことのみで、嘸《さ》ぞ東京は、といつた風にまだ見ぬ數百里外のこの大都會の榮華に憧れて居る情を烈しく私に訴ふるに過ぎないのだ。人口一萬の某町に出るのにさへ十四里の山道を辿《たど》らねばならぬ斯んな山の中に生れて、そして、生中《なまなか》に新聞を見風俗畫報などを讀み得るやうになつてゐるこの若い女性の胸にとつてはそれも全く無理のない事であらう。
 私は醉に乘じて盛んに誇張的に喋りたてた。丁度私の歸つて來る僅か以前まで開かれてあつた春の博覽會を先づ第一の種にして、街の美、花の美、人の美、生活の美、あらゆる事について説いた/\、殆ど我を忘れて喋つた。また氣が向けば不思議な位話上手になるのが私の癖で、その晩などは何を言つても酒は飮んでるし、第一若い女を對手のことで、それに幾分自身と血の通つてゐる女であつてみれば、遠慮《えんりよ》會釋《ゑしやく》のといふことはて
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