やうな闇で何にもわからぬ。と、暫《やが》て疊の音がする。此方へ來るのかなと想ふと私は一時にかつと逆上《のぼ》せて吾知らず枕を外して布團を被《かつ》いだ。
程なく千代は私の枕がみに來て、そしてぶる/″\と打慄ふ聲で、
「兄《あん》さん、兄《あん》さん!」
と二聲續けた。そして終《つひ》にその手を私の布團にかけたので、同じく私も滿身に火のやうな戰慄を感じた時、
「千代坊、何|爲《し》てゐるのけえ、お前は!」
とあまり騷ぎもせぬはつきりした聲で、お米が突然云ひかけた。
「アラ!」
と消え入るやうに驚き周章《うろた》へて小さな鋭い聲で叫んだが、直ぐまた調子を變へて、落着かせて、
「何も何も、……灯を點けて……一寸|便所《はばかり》にゆき度いのだから……マツチは何處け。」
と、漸次判然と云ひ來つて、そして更めて起き上つてマツチを探し始めた。お米はもう何も言はぬ。私は依然睡入つた風を裝うてゐたのであつたが、動悸は浪のやうで、冷い汗が全身を浸して居る。やがて千代は便所に行つて來た。そして姉に布團を何とやら云ひ乍ら、又灯を消して枕に着いた。
それから暫くはまた私も睡入られなかつたが、疲勞の
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