極でか、そのうちにおど/\と不覺の境に入つて了つた。
次いで眼を覺されたのが東明時《しののめどき》、頓狂な母の聲に呼び起されて見て、私は殆ど眞青になつた。千代はその時既にその床の中に居なかつた。
書置の何のといふものもなく、逃げたのか、それとも何處ぞで死んでゐるのか、それすら解らぬ。あの娘のことだ、とても死にはせぬ、若し死ぬにしたら人の眼前《めさき》に死屍《しがい》をつきつけてからでなくては死なぬ、どうしても逃げ出したに相違ない、逃げたとすれば某港の方向だ、女の足ではまだ遠くは行かぬ、それ誰々に追懸けて貰へ、と母は既に半狂亂の態である。
然し、私は思つた、一旦逃げ出してみすみす捉へらるゝやうな半間な眞似はあの娘に限つて爲《す》る氣遣はない、とうとうあの娘は逃げ出した、身にふりかゝつた苦痛を脱して、朝夕憧れ拔いて居る功名心を滿足せしむべく、あの孱弱《かよわ》い少女の一身を賭《と》して澎湃たる世の濁流中に漕ぎ出したと。
何よりも早くあの父親に告げ知らせねば、と母は此方にも氣を揉んで、早速若い男を使した。半病人の彼女の老父は殆んど狂人のやうになつて、その片意地に凝り固つた兩眼に憤怒の
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