を見合はせては淋しく微笑む。噫《ああ》、その優しい美しい淋しい笑顏、見る毎に私の胸は今更らしくせき上げて來るのであつた。千代がそんな風であるからだらう、お米も同じく睡られぬらしく、何かともぢ/\してゐたが終に彼女の發議で枕もとの灯を消すことにした。
 灯を消すと一段と私の眼は冴えた。父の鼾母の寢息、相變らず姉妹の身を動かして居る樣子など交々胸に響いて、いつしか頭はしん/\と痛み始めて居る。これではと私の常に行《や》り馴れて居る催眠法をいろ/\と行《や》つて辛くもとろ/\と夢うつゝの裡に睡るとも覺めるともなき状態に陷つて了つた。それがどの位の間續いてゐたであらう。不圖《ふと》、
「伯母さん」
 といふ聲が微かに耳に入つた、千代のだ。尚ほ耳を澄ませて居ると、また、
「伯母さん」
 と極《きは》めての低聲《こごゑ》。
 それから暫く間を置いて、更に一層きゝとれぬ程に低く、
「兄《あん》さん」
 といふ。私はどきつとして、故《ことさ》らに息を殺した。それからはもう何とも云はぬ。空耳だつたかなと思つてゐると、今度は確かに身を動かして居る容子が聽ゆる。私は思はず眼を見開いてその方を見遣つたが、油の
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