に亙つた一大沃野となつてゐる。この中央の一都會宮地町から豐後路へ出やうとして眞直ぐの坦道を行き行くとやがて思ひもかけぬ懸崖の根に行き當る。即ちこれが昔の噴火口の壁の一部であつたのださうだ。私の通つた時には、その崖には俥《くるま》すら登る事が出來なかつた。九十九折《つづらをり》の急坂を登つて行くと、路に山茶花の花が散つてゐた。息を切らしながら見上ぐると其處に一抱へもありさうなその古木が、今をさかりと淡紅の花をつけてゐたのである。私はいまだにこの山茶花の花を忘れない。そしてその崖を登り切ると其處にはまた眼も及ばない平野がかすかな傾斜を帶びて南面して押し下つてゐたのである。私はこの崖――たしか坂梨と云つたとおもふ――を這ひ登る時に、生れて初めての人間のなつかしさ自然の偉大さを感じたのを覺えてゐる。まだ十七八歳の頃であつた。
 芒が刈られ楢《なら》が伐られて次第に武藏野の面影は失せて行くとはいへ、まだ/\彼の野の持つ獨特の微妙さ面白さは深いものである。彼の野をおもふと、土にまみれた若い男女をおもひ、また榾火《ほたび》の灰をうちかぶつた爺をおもひ婆をおもふ。かとおもふと其處にはハイカラなネクタイ
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