く一つ二つが見えた。あれほど常《つね》平生《へいぜい》船を大事にする濱の人たちも、それを見ながら誰一人どうしようといふ者がなかつた。
 さうした景色を見ながら直ぐ心に來たのは沼津の留守宅の事であつた。四人の子供に、あの舊びはてた家屋、男手の少ないところでどうまごついてゐるであらうとおもふと、とてもぢつとしてゐられなかつた。この有樣では既に電報線のきく筈はないと思ひながらも、兎に角郵便局まで行つて見ようと尻を端折つた。數日前から階下の部屋に滯在してゐる群馬縣の社友生方吉次君も、
『一人では心細いでせう、私もゆきませう。』
 と同じく裾をまくしあげた。
 郵便局は古宇村から一つの崎の鼻を曲つた向うの隣村|立保《たちほ》といふに在るのであつた。その鼻に沿うて海沿ひにゆく道路はツイ先刻第一の震動と共に崩壞するのを眼前見てゐた。で、その崎山の峠を越えてゆく舊道があるといふことをフツと思ひ出して、それを越えてゆくことにした。
 古宇村は戸數六十戸ほどの、半農の漁村で、二つの崎山の間に一掴みに家が集つてゐるのである。その部落の間を通り拔けやうとすると、なんと敏速に逃げ出したことか、家といふ家がみな戸
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