。海嘯《つなみ》であつた。
 不思議にも波はぴたりと凪いでゐた。その日は朝からの風で、道路下の石垣に寄する小波の音が斷えずぴたり/\と聞えてゐたのだが、耳を立てゝもしいんとしてゐる。そして海面一帶がかすかに泡だつた樣に見えて來た。驚いた事にはさうして音もなく泡だつてゐるうちに、ほんの二三分の間に、海面はぐつと高まつてゐるのであつた。約一個月の間見て暮した宿屋の前の海に五つ六つの岩が並び、滿潮の時にはそのうちの四つ五つは隱れても唯だ一つだけ必ず上部一二尺を水面から拔き出してゐる一つの岩があつたが、氣がつけばいつかそれまで水中に沒してゐる。
『此奴は危險だ!』
 私は周圍の人に注意した。そしてまさかの時にどういふ風に逃げるべきかと、家の背後から起つて居る山の形に眼を配つた。
 海の水はいつとなく濁つてゐた。そして向う一帶の入江にかけて滿々と滿ちてゐたが、やがて、「ざァつ」といふ音を立つると共に一二町ほどの長さの瀬を作つて引き始めた。ずつと濱の上の方に引きあげてあつた漁船もいつかその異常な滿潮にゆら/\と浮いてゐたのであつたが、急激な落ち潮に忽ち纜《ともづな》を斷たれて悠々と沖の方へ流れてゆ
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