つつかねヱ。』
 びるつこい[#「びるつこい」に傍点]とは柔かな、せえに[#「せえに」に傍点]は故にの意。蓋し指の柔かなためいち速く絲の感觸を受くるから釣りいゝのだとの事でせう。
 何しろ二三十尋もある深みの底から一尺大のかさご[#「かさご」に傍点]などがその大きな口をあいて、一條の絲につれて重々とあがつて來る時の指から腕、腕から頭にかけての感覺の面白さはまつたく別でした。海鰻は淺い所でも釣れました。だからその海底に魚の姿を見ながらに釣れるのです。大瀬崎といふ岬の蔭の磯に此奴の無數に棲んでゐる所がありました。此處では先づ用意して行つた魚の腸(臭い程いゝの故、腐つてゐればなほよし)を海中に投じ、徐ろに其處等の岩や石の間を窺《のぞ》いてゐるのです。すると間もなく赤黄色の斑のある海鰻先生がどの石の蔭からともなくのろつと現はれます。出たぞ、と絲をおろすころには、出るは/\、のろり/\と大きな七五三繩《しめなわ》の繩片のやうな奴が縒《よ》れつ縺《もつ》れつ岩から岩の蔭を傳うて泳ぎ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]ります。それの鼻先へ(この先生、眼がろくに見えず唯だ匂だけで動くのださうです
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