くの江梨といふ附近の山にはこの木が澤山あるのださうです。この山桃は東京あたりではなか/\喰べられない。そして私は幼い時からこれを飽きるほど喰べて來たので、季節の來るごとに自づと思ひ出されてならぬのでした。早速皿に盛り、滴る樣な濃紫の指頭大の粒々しい實の上にさら/\と鹽を振つて、サテ徐ろに口に含みました。
斯くして八月の朔日《ついたち》に先づ尋常三年生の長男と書生とが出懸け、二三日して殘り三人の子供と妻と私とがその古宇の宿屋へと行きました。子供達の喜びは言ふまでもありません。宿から二三町離れた所に砂濱があり、割に遠淺になつてゐるので早速彼等の泳ぎ場にきまりました。長男だけ辛うじて五六間の距離を泳げるといふのみで、あとはみなぼちや/\黨なのです。妻もまた大きな圖體で、折々このぼちや/\組に混つてゐるのです。私だけは宿の直ぐ前の石段から直ぐざんぶと躍り込んで彼等の場所まで泳いで行くのです。何年にも泳いだことがなかつたので最初は少し變でしたが、やがて氣持よく手足を伸して、綺麗な潮を掻き分け得る樣になりました。
まつたく潮は綺麗でした。二階から見てゐますと、眞前の岸近く寄つて來て泳いでゐる
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