たを幸ひ、普通一遍の見物だけでもやつて行かうと踵《きびす》を返して、根本中堂からずつと奧の方へ登つて行つた。當山の開祖傳教大師の遺骨を納めてあるといふ淨土院へゆく路と四明ヶ嶽へ行く路との分れ目の所に一軒の茶店のあるのが眼についた。その時のことを書いておいたものがあるのでその文章を此處に引いて見よう。
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ちやうど通りかかつた徑が峠みた樣になつてゐる處に一軒の小さな茶店があつた。動きやまぬ霧はその古びた軒にも流れてゐて、覗いてみれば薄暗い小屋の中で一人の老爺が頻りに火を焚いてゐる。その赤い火の色がいかにも可懷しく、ふら/\と私は立ち寄つた。思ひがけぬ時刻の客に驚いて老爺は小屋の奧から出て來た。髮も頬鬚も半分白くなつた頑丈な大男で、一口二口話し合つてゐるうちにいかにも人のいい老爺であることを私は感じた。そして言ふともなく昨夜からの愚痴を言つて、何處か爺さんの知つてる寺で、五六日泊めて呉れる樣な所はあるまいか、と聞いてみた。暫く考へてゐたが、あります、一つ行つてきいて見ませう、だが今起きたばかりで、それに御覽のとほり私一人しかゐないのでこれからすぐ出かけるといふわけにはゆ
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