見れば其處から七八間下を碓氷川の本流が中高に白渦を卷きながら流れて下つてゐた。其處まで落ちてゆけば、荷物はおろか、自分自身の運命も大抵想像出來るのであつた。
 這ひ上つた岩は自分の渡らうとした向う岸に近かつた。必死の覺悟で、再び流の中に入つてゆくと、速く下駄をぬげばよかつたと悔まれたほど、意外に樂に渡り上ることが出來た。渡り上ると共に濡れた着物を乾かす智慧も出ず、長い間私は石の上につき坐つて息を入れた。そして束ねたまゝで雫の垂れるそれを着て――財布と時計とが袂の中から出て來たのが無闇に嬉しく勇氣をつけて呉れた――とぼとぼと歩き出した。
 其處は妙義の麓の、かなり深い雜木林に當つてゐた。雨のあとの、それでなくとも濕つぽい林の中の道を濡れそぼたれた白地の浴衣で、下駄も履かず、ぴしや/\ぴしや/\歩いてゆく姿は、われながら年若いあはれな乞食を想はせられた。幸ひに人に逢はなかつたが、半道も歩いた頃、向うから大きな笊《ざる》を提げて來る年寄の百姓を見た。初め彼は氣がつかなかつたが、行き違はうとする頃になつて私の姿を見て喫驚した。お互ひに默禮して行き違ひさまに見るとその笊《ざる》には桃がいつぱい入
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