碓氷川を渡つて少しゆくと、また一つの谷を渡らねばならなかつた。其處には橋が流れ落ちてゐた。二三日前の豪雨のためで、まだ其時の水量が相當に殘つてゐた。殘りは爺さんの置土産にしようと思つて買つて來た燒酎をあらかた私は飮んでしまつてゐたので、其頃もまだ充分に醉つてゐた。普通ならばあと戻りをしたであらうが、その醉が躊躇なく私を裸體にした。そして頭に着物と荷物とを押し頂いて、しかも下駄を履いたまゝその谷川の瀬の中へ入つて行つた。
山谷の事で、流の中に隱れてゐる石は二抱へ三抱への荒石ばかり、少年の頃の經驗からその岩の頭を拾つて足を運ばうとしてゐたのであつたが、洪水の名殘は思ひのほかに激しく、僅か七八歩も踏み出したと思ふと、忽ち私は途方に暮れた。そして自信力の失せると共に、何の事もなく私は横倒しに倒れてしまつた。倒れたまゝ三四間が間くる/\と押し流された。辛うじて瀬の中に表れた大きな岩と岩との間に踏み止つた時には、私の手には帶でくるんだ着物だけが僅かに殘つてゐた。書籍手帳其他を入れた手馴の旅行袋も、帽子も下駄も、面白い勢ひで二三間さきをくる/\と流れて行きつゝあつたが、もう手を出す勇氣は無かつた。
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