り二時となる。
たゞ獨りして田圃中の路を歸つて來る氣持を私は好む。
歸つて來る路の片側には小さな井手が流れてゐる。ほんのちよろ/\とした小ながれにすぎぬが、水は清らかで、水邊には珠數草と螢草とが青々と茂つてゐる。
醉つた身體の重い足取で、その井手のそばに通りかゝると、珠數草の根を洗ひながら流れてゐる水のせゝらぎが耳につく。一度、小用をするか何かでそれに耳にとめて以來、いつか癖となつて通りかかるごとに氣を附ける樣になつたのかも知れぬ。晝間や、用事を持つた時には殆んど忘れてゐる小流が、さうした場合にのみ必ずの樣に耳について來る。
下駄をぬいで揃へてそれに腰をおろす。足は自づと螢草の茂みにだらりと垂れることになるのである。さうして何を見るともなく、聽くともなく、幾らかの時を過す。時としては、一時間前後もさうしてぼんやりしてゐることがある。水の音の靜かなのが身に沁みるのではあらうが、さればとてわざ/\それを聽かうとするでもない。たゞさうして醉つた身體を休めて風に吹かれるのが嬉しいのらしい。夜なかの一時二時となるともう人も通らない。廣い田圃のたゞ中に煙草を吸ふのも忘れてさうした時間を送る
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング