諦めてぴしよ/\の朽葉を踏みながら宿の庭まで歸つて來ると、相變らず月はよく冴え、恰も其の月の夜の山や川の魂でゝもあるかの樣に私にとつては生れて初めて耳にするこの不思議な鳥は澄んで寂しく聞えてゐたのであつた。翌朝、この事を宿の人に訊くと、それは佛法僧ですと教へて呉れた。
 驚きと昂奮とが先に立つて私はその時の鳥の聲がどんな風であつたかを明瞭に覺えてゐない。それから數年後のある初夏に山城の比叡山に登り、山上にある古い寺に滯在してゐた時、これによく似た鳥を聞いた。寺の僧に訊くと彼は筒鳥だと答へた。これを聞いたのは多く晝であつた。晝といつても午前三時頃から啼き出すので、谷には雲がおり空には月の冴えたなかに聞いたこともあつたのである。その時に書いた紀行の中にこの鳥のことを斯う書いてゐる。
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日が闌《た》けて木深い溪が日の光に煙つた樣に見ゆる時何處より起つて來るのだか、大きな筒から限りもなく拔け出して來る樣な聲で啼きたてる鳥がある。初めもなく終りもない、聽いてゐれば次第に魂を吸ひ取られてゆく樣な、寄るべない聲の鳥である。或時は極めて間遠に、或時は釣瓶打《つるべうち》に烈しく啼
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