ぢいつと耳を傾けてゐたが、僅の定つた時をおいて續けさまに聞えて來るその鳥の聲のよさに私はたうとう立ちあがつて戸外へ出た。そしてあの樹であらうと思つてゐた何やら大きな樹の根がたに歩み寄つた。然しその時は其處とは少し離れた他の樹の梢にその聲は移つてゐた。足音を忍ばせてその樹へ近づいて行つたが、それを知つたかどうか、またその先の杉の樹に啼き移つてゐた。毎晩霧の深いに似ず、その夜はまつたくよく晴れて、見渡す峰といふ峰は青みを帶びてくつきりと冴え、眼下の谷を埋めて立ち竝んでゐる杉の一本一本の梢すらも見分けられさうな月夜であつた。其處へその鳥の聲だけがたつた一つ朗かに冴えて響いてゐるのである。鋭いといふでなく、圓みを持つた、寂びた聲で、幾分の濕りを帶びながら、石の上を越え落つる水の樣になめらかに聞えて來るのである。
 次第に昂奮した心で私は飽くことなくその聲を追うて山の傾斜の落葉の上を這ひながら立ち込んだ杉の樹の根から根を傳つて行つた。どうかその聲の落ちて來る眞下でとつくりと聽き入りたかつたからである。けれど一聲か二聲を啼き捨てゝは次の樹へ移るこの鳥にはとても追ひつくことは出來なかつた。ほどほどで
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