つて[#「つて」に傍点]を求めて雜司ヶ谷に在る或る慈善病院に入れたが、次第に永引きやがて醫師のすゝめで相州三浦半島に轉地した。その頃流石に小生自身も疲れてゐたのでいつそ一緒に行くがよからうと一家して移つて行つた。此處に來ると細君は非常に安らかな氣持になつたらしい。代つて苦しんだは小生である。轉地と共に雜誌も休刊したので、一定の收入といふものから全然離れてしまつた。せつせと書く原稿料とても知れたもので、歌の選科亦然りであつた。歌人仲間が短册會を起して金を拵《こしら》へ、細君の藥代として送つてよこして呉れたもその時であつた。が、此處でもまた一人貧しい友達が出來た。これは寧ろ我等のあとを追つて移つて來た樣な人たちで、同じく親子三人連で、そして同じく細君は病んでゐた。
この夫婦の貧乏は我等よりもつとひどかつた。「オイ、これをこれだけ借りてゆくよ」と言つて主人公自身、我等の借りてる部屋の隅の炭箱から木炭を一掴み抱へて行つた姿など、今でもまだ眼の前にある心地がする。
三浦を引上げたは大正五年の暮であつた。
そしてその後をなほ語るとすればそれは寧ろ日常生活の貧乏といふより雜誌發行者としての貧
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