見て一時當惑した私はすぐそれを可愛がつてゐる蟻に與へようと思つた。離室《はなれ》になつてゐる私の書齋の石段には、常に三四種類の蟻が來て餌をあさつてゐた。眼にも入らぬ埃の樣な追ふにも追はれぬ小さな薄赤い蟻はよく机から本箱の隅までも這ひよつて來た。ぶつぶつ胴體が三つに區切れて長さ七八分から一寸にも及ぶ大きな黒蟻もよく机のめぐりにやつて來て私を驚かした。常に鋭く尻を押つ立てて歩くやゝ小さな黒蟻は好んで人を螫《さ》し、またこれに螫されると必ず二三日脹れて痛かつた。これ等のほかに、長さ一分ほどのほつそりした赤黒い蟻がゐた。この蟻は部屋にも上らず、どうかして着物に附いても容易に螫すことをしなかつた。で、私は餌さへあればこの見たところも他よりは可愛い蟻に與へるのを樂しみとしてゐた。
降りこめられてゐたあとの日和で、三段になつた石段にありとあらゆる蟻が出揃つて駈け※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐた。辛うじてその中に私の目指す蟻の一疋を見出した私は、その忙しげに歩いてゆく鼻先に虻の死骸を置いた。考へ深さうにその大きな餌のめぐりを一周した彼女は、くるりと向を變へると恐しい速力で或る方角へ
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