駈けだした。思ひがけぬこの大收獲を報告し、少しも速く巣へ運搬するためにその仲間を呼びに走つたのである。
報告に行つた留守の間に他の蟻の族が幾度となくその周圍にやつて來た。私は力めてそれらを餌に近附けさせぬ樣に用心した。この日の私の疲れた心はさうした場合に當然起る兩方の蟻の間の爭鬪を見るのがいやであつた。やがて、一つの石段の角の所からいまの一疋と思はれるのが姿を出した。と見ると、そのあとに引續いてぞろ/\ぞろ/\と長い列を作つてうねる樣にその仲間がやつて來た。
やれ/\と私も微笑しながら其處を離れた。そしてそのまゝ茶の間に行つて夙くに時間の過ぎて居る藥を一服飮んで來た。再び離室に歸つて机に向はうとしながら一寸その石段を覗いて見て驚いた。ほんの僅かの間に、其處には既《も》う私の見るを厭つた大爭鬪が石段の半ば以上に亙つて開かれてゐた。埃の樣な赤い小蟻、尻を立てた黒蟻、それに最初から餌を運んでゐた蟻、この三種族が眞黒になつて虻の死骸を中に噛み爭つてゐるのである。むらむらと湧いた肝癪《かんしやく》から私はまだ其儘《そのまま》其處に在つた蠅叩きを取るや否や、ぴしやり[#「ぴしやり」に傍点]とそ
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング